制限酵素の投与法 ―ティーナとマルチナの場合―

「DESIRE 〜背徳の螺旋〜」を解きほぐす


III. ティーナとマルチナの軌跡

次に、ティーナとマルチナの相互関連について考察する。図1にもすでに示してあるが、t10'からt0への移動でティーナはマルチナとして生きて行くであろうことがマルチナの手紙の内容から推察され、また、t5からt1への移動に伴って、装置の影響でマルチナはティーナへと生まれ変わることが描写されている。この、ティーナでもあり、またマルチナでもある存在を、以下では"ティーナ=マルチナ"と表記する。マルチナ=ティーナとしないのは、マルチナのミドルネームも含むフルネーム、マルチナ・ティーナ・ステラドヴィッチとの混乱を避けるためである。

世界線2
図2: ティーナとマルチナの世界線
このことと、t8からt8'へのアルとティーナの移動とその他の通常の時間経過を加えて、ティーナ=マルチナの時間線を記述したものが図2である。一見してわかるように、見事なループをなしている。

ここで誰しも疑問に思うのが、t1からt5に至るまでの時間に現われるティーナとマルチナの同時存在に関する問題ではないかと思われる。すなわち、「t1の時点ですでに存在しているマルチナはティーナがt10'からt0に移動する段階で発生した存在であり、t1に新たに出現したティーナはt1にいたはずのマルチナがt5からの移動に伴って変化した存在のはずである。同じ個体のはずが、同時に同じ世界に存在できる訳はない。」という至極単純な疑問である。

環から螺旋へ、そして…

世界線3
図3: 一つの存在に着目した世界線
その存在についての問題を解き明かすために、図2において環状に記述されているティーナとマルチナの世界線を、ある個体に着目して記述し直してみる。その結果を図3にあげるが、この図を素直に解釈すると、ある世界Wでマルチナとして生きたティーナ=マルチナは次の世界W'ではティーナとして生きる。そして世界Vを経由して、新たな世界W''で再びマルチナとしての人生を送るのである。少なくともこの図単体では、存在に関する矛盾は存在していない。ここで、世界W, W', W'', W''', ...は異なる世界の様に描かれているが、存在に矛盾が生じないようにすれば同じ世界に移動しても問題はないと思われる。

ただし、このままではこの時間線をティーナ=マルチナが辿ることはできない。なぜなら、t5での事象はティーナが一緒にいてこそのことであり、t8における事故はそもそもマルチナが装置を製作せねば起ころうはずもない。すなわち、図3の世界線は単独には実現不可能なものなのである。

世界線4
図4: 二つの存在の絡み合う世界線
この問題を解決するためには、図3に示した存在とそっくりで、世界Wにティーナがいる時にはマルチナとして、マルチナがいる時にはティーナとして存在する個体、すなわち半周期だけずれた存在がいればよいことになる。その存在を加味して、図3の実現を可能にするような世界線を引くと図4のようになる。

この図から、一方のティーナと他方のマルチナが互いに影響を及ぼしあい、世界を形成していく様子が見られる。このような状況を仮定すれば、双方の存在に関わる前提が破綻することなく、それぞれの事象も滞りなく時間線は進んでいく。DESIREの物語におけるティーナとマルチナの存在、そしてアルとの出会いを始めとするさまざまな出来事はこのような背景の下に進められて行くのであろう。

ところで、図4の互いに絡み合いながら上へ上へと昇っていく二つの世界線を見て、何か感じないだろうか。図が直線的で世界間の行き来を示した部分のピッチが異なるため、多少見づらいかもしれないが、行きつ戻りつ世界を進んでいく線とDESIREのサブタイトルを思い浮かべて欲しい。そう、ティーナとマルチナの生きている世界線は単なる螺旋ではなく、『二重螺旋』なのである。

まるで生命の源DNAを模したかのような二重螺旋を描く、ティーナとマルチナの世界線。究極の進化を目指して生体の変換を促し、加えて時空間の転移をも行おうとする、マルチナの設計になるDESIRE。この二つの存在の共通項にただならぬものを感じずにはいられない。


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刈山純也 (なっきー)