制限酵素の投与法 ―ティーナとマルチナの場合―

「DESIRE 〜背徳の螺旋〜」を解きほぐす


IV. マルチナの望みとは

ここまでで、ティーナとマルチナがどのような生き方をしてきたのかはおおむね明らかになったものを思われる。それでは、マルチナはこの悠久の螺旋からどのようにして逃れようとしていたのだろうか。

マルチナの意図は、大部分をマルチナ編の独白から読み取るしかない。その中でも、シーンT2におけるアルを別世界から呼び戻すためのマルチナの強い信念、T3での何かをしなくてはならないという決意に着目する必要があろう。そして、シーンT5では「マルチナ自身が、そしてティーナが生まれ変わる」と、マルチナの意図の中にティーナが不可欠であったことを伺わせる内容がある。さらには、シーンT7に至って、マルチナは計画の失敗を感じていることも重要である。

この他に、装置の動作状況についても考えておく必要があろう。というのも、装置はどうやらコントロールパネルの破損前後で挙動が異なっているようなのである。銃弾がコントロールパネルに当たったあとの移動(t8→t8', t9→t9', t10'→t10とt0)には生体的な変化が含まれていない。対してその前の移動(t5→t1)はたった一例ではあるが、マルチナ→ティーナという生体的な変化を起こしており、これが本来の動作と考えられる。また、コントロールパネル破損後の移動は、全てV⇔Wという性質の異なる世界間の移動を伴っているのに対し、その前は同種の世界間の移動が行われていることも、銃弾の当たる前と後で装置の状態と動作が異なっていることの傍証となる。

これらの分析から、以下のようなことが予測される。

時空的な効果

こうしてみると、マルチナがT5の状況で行おうとしていることが多少なりともわかってくるのではないだろうか。現状態ではティーナとマルチナがなぜ分化してしまったかという原因については何もわかっていないが、T5におけるマルチナの独白「装置が本来の役目を果たしたとき、そしてティーナは生まれ変わる」から見るに、マルチナはマルチナ自身だけではなく、自らの分身、あるいは自分自身でもあるティーナをも救おうとしていたのであろう。

そしてマルチナとティーナを同時に救い、アルとの再会を果たし、幸せをも掴もうとした場合、可能なシナリオはそれほど多いとは思われない。

ここで少し視点を変えて、マルチナが望む世界、すなわちティーナ=マルチナが幸せであったときというのを考えてみよう。

容易にわかるように、ティーナ=マルチナにとって、幸せの第一条件はアルと共にいることである。そしてマルチナにとっては、アルと共にいた3日間あまりはマルチナのノスタルジーが多くを占めた時期であり、最後のアルとの確執を考えると手放しで幸せであったとは言えない。

翻ってティーナにとっては、アルとの出会いからこちらの世界で過ごした3日間あまり、加えてあちらの世界でアルと二人っきりで過ごした6年近くは、相対的ではあるが幸せであったといえるのではないだろうか。中でも、アル編のシナリオ中で描かれている、成長したティーナの送ったアルとの日々は、ティーナ=マルチナの長い長い記憶の中で最高の位置を占めているといっても過言ではあるまい。

結局のところ、マルチナは、

アルとの再会を果たし、アルと共に生きて行きたかったのではないだろうか。そして、マルチナにとっては、ティーナも共に生きなければならない存在であり、最終的に合一を果たす必要性を感じていたのであろう。

世界線5
図5: 融合する二つの世界線
このように考えると、図5に示すようにマルチナは別の存在としてのティーナと融合して救いだし、こちらの世界W*に移動し、アルとの再会を果たそうとしていた、というシナリオが一つの可能性として浮かび上がってくる。

ところで、もしこのシナリオ通りにティーナとマルチナが融合を果たした場合、はたしてどの時刻に出現することになるのだろう。マルチナの行動からみて、計画が順調に進んでいれば、ティーナとマルチナはt2からt3の直前までのどこかで装置に身を任せるものと思われる。図5ではそれをt3-と記したが、この時点ではもちろん装置は正常に動作している。これらの推測や、マルチナの卓越した頭脳を前提にすれば、t1とさほど違った時刻に出るとは思われない。

もう一つ、このことを考えるのに面白い描写がシーンA1, T11と、A9, A12に見られる。A1, T11は、もちろんティーナとアルが始めて出会い、そしてまた最後のシーンで感動を呼び起こす所でもある。この時、ティーナとアルは浜辺で出会っているが、シーンA12においても、浜辺で再会しているのである。t8での移動のとき、しっかりと手を握りあっていたティーナとアルであるにもかかわらず、世界を移動した後のシーンA9でアルは装置の中、ティーナは再び浜辺へという描写を見るに、ティーナの体、というかティーナの存在が装置に何らかの効果を及ぼしていると考えられないだろうか。

そうなると、ティーナとマルチナの融合後の出現場所を、あの浜辺と考えるのに吝かではないものを感じる。とすれば、やはり出現時刻はアルが浜辺にいるときということになるのだろう。この図では、その時点をt1*としたが、特にこれに固定される訳ではない。しかし、最も有望な時刻の一つであるとはいえよう。

生体的な効果

続いて、このシナリオのもう一つの重要な点、融合した後のティーナ=マルチナの生体的な状況についての考察を行う。このことに関する考察を深めるためには、装置の生体的な動作について考える必要がある。前にも述べたように、装置が生体的な効果を及ぼしたのはt5→t1の一度きりであり、この事象だけをよりどころに推論を進めるため、多少強引な論理展開があるかもしれないが、許していただきたい。

ちなみに、ゲーツの行っていた様々な実験の結果は全く参考にならない。なぜなら、装置の設計・製作者がマルチナである関係上、ゲーツの望んだ機能とは全く異なる機能を附加することはいくらでも可能だったからである。実際、マルチナ編のシナリオのあちこちから二人の思惑の食い違いと、マルチナの意図に気付かぬゲーツの姿を垣間見ることができる。

シーンT10とT11との間に見られる唯一の効果は若返りの効果である。それ以外の一切の効果をこれらのシーンから汲み取ることはできない。したがって、マルチナの予定した装置の生体的な効果は肉体的な年齢を変化させることと定義しよう。ここで、この効果について肉体年齢を遡らせることとしなかったのは、この効果が複数の存在の融合という時空的な効果と相互に関連しあっていることに要因を求めている。すなわち、要素がマルチナだけの場合はティーナへの若返りであったが、ティーナとマルチナの二人になった場合はどうなるか不明だからである。

ここで、これらの複合した効果f()で表現する。当然、適用要素として複数の存在を認めるものとする。例えば、ティーナとマルチナの二人に対してこの効果を適用する場合、f(T, M)と記述する訳である。そしてマルチナは、ティーナと共にf(T, M)という存在が望む存在になるように機能を設計したのではないだろうか。

そして、要素としてティーナとマルチナの双方がそろった場合には所望の動作をするはずだったのが、結果的にはそうではなく、マルチナだけが要素として含まれることになってしまった。その時に、f(nil, M)=Tとなるような副作用が発生して、マルチナはティーナとしてt1に現われることになったとも考えられるのである。


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刈山純也 (なっきー)